専教寺の歴史

開山

江戸時代寛永18年(1641)、西本願寺から専教寺にご本尊を下付いただいた年を開山としています。

開山の経緯

山城國(現在の京都府あたり)から矢掛の地に移り住むことになった佐藤浄金(さとうじょうきん)。
しかし、矢掛には自身の信仰の旨とする宗旨の寺院がなく、浄土真宗の寺院を建立したいと願ったことが開山の発端と伝えられています。
そして、佐藤浄金の孫である順永が専教寺の初代(第一代)となっています。
それから14代まで、専教寺は約400年の歴史があります。

建立の経緯

寺院を建立するための土地は、当時この地で代官をしていた都築甚左衛門が現在の場所を寄進してくださいました。
当初は小さな草庵のようなものであったと思われます。

臥龍松(がりゅうまつ)

この臥龍松(がりゅうまつ・がりょうのまつ)は、黒松で高さは約8メートル、幹の直径(面通り)が2.1メートル、南北に延びる枝は約20メートル、北に長く伸びた1本の枝が専教寺の庫裏まで伸びています。
この長く伸びた枝が、あたかも龍が臥せっている姿を彷彿させるので、臥龍松と言って矢掛町の天然記念物になっています。
この規模の黒松は最近では珍しく、推定樹齢は約300~400年と言われています。

専門家(樹木医)の方がこの松をご覧になり、「松は水を求めて根を伸ばしていく。樹齢や大きさを考えたら、小田川あたりまで伸びているのではないか」と仰られました。
専教寺から小田川まで約200メートル。本当に伸びているとしたら、自然の力、生きる力は素晴らしいものがあります。

花の格天井絵

平成13年(2001)、総代を中心に40名の門徒の方々によって花の格天井絵が72枚描き上げられ、本堂内陣の天井にはめ込んで、お荘厳しております。
門徒の皆様の思いが込められた意義深い格天井絵です。

ゆり
うめ
つばき
てっせん
なんてん
なでしこ
むくげ
もみじ
まつ
ききょう
きく
はす
ふよう
ぼたん
ばら
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